ブログ 藤本記子による日々の活動日誌

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輝くように生きていく・・・

ルミネ荻窪店イルミネーション点灯式に足を運んでくださった皆様、
そして心ごと足を止めてくださった荻窪の皆様、
本当にありがとうございました!!
 
無料で配られたスターバックスさんのコーヒーと
ボジョレーヌーボーのワインはお楽しみいただきましたでしょうか?
 
冷え込む時間からのスタートになりましたが
本当に沢山の方にお集まりいただき、温かな拍手を頂戴し、
去年に引き続きとっても幸せなひと時を過ごさせていただきました。
 
ルミネ荻窪店の皆様、そしてご来場の皆様に心から感謝です。
 
レポートはまた後日・・・。
 
 
 
 
願いをかけた星が今もどこかで生まれ変わる
こんなに小さくて儚いけど輝くように生きていく
 
生きていく・・・。
 
 
 


11月14日午前2時28分
 
母方の祖父がこの世を去りました。
79歳でした。
 
2009年1月には80才。
更に祖母と結婚して60年(ダイアモンド婚式)を迎える記念の年でもありました。
 
みんなでお祝いしようと・・・話していた矢先で・・・。
 
7月に食道ガンを告げられ、それからはとてもとても厳しい闘病生活でありました。
 
元々食が細く、体も華奢だったので
ものが「食べられない」ことでの体への負担は大きく
細い体が更に絞られていきました。
 
8月、10月と帰省したのですが
別人のようになっていく姿に言葉はなく、
ただただ胸の痛みと涙がこみ上げました。
 
11月14日から祖父に会いに帰省を考えていた矢先で
あと半日待ってくれれば逢えたであろうに・・・。
 
悔しくて悔しくて、悲しくて悲しくて・・・。辛い。
 
週末とあって、祖父のお別れに沢山の親戚・知人が集い
思い出話をして夜を明かし、沢山涙を流し、何度も呼び続け・・・
みんなでお別れを果たしてきました。
 
辛かった闘病生活。
その苦しみから解放できて良かったのかもしれません。
 
初孫の私としては、祖父の願いを叶えてあげたかったのに・・・
叶えられなかったことが心残りですが
その分祖母に見届けてもらいたいと思っています。
 
思い出はここには書ききれないけれど、ひとつだけ。
 
闘病生活の期間に少しでも励みになったらと
祖父に渡した携帯電話。
「みんなで祖父にメールを送ろう」ということで
毎日毎日たわいもない話や仕事の話なんかを送ってました。
受信するだけで、返信は出来ないと・・・
ただただ一方的なやりとりだったんですけど
ある朝、6時半ごろにメールを送ったら
驚いたことに祖父から返信があったのです。
「了解しました」・・・と一言でしたが。
 
返信のやり方なんて知らないはずだと母や叔母にも言われたんですが
間違いなく帰ってきたんです。
 
そしてその後叔母にも同じ出来事があったそうです。
 
届けたいという想いが起こした奇跡でしょうか・・・。
 
亡くなった後もどうしても止めることが出来なくて送り続けていたメール。
母から「解約するから」と連絡があった昨日の朝、とてつもなく寂しかった。
届けたい想いをもう送れないものかと・・・再び悔やまれましたが、そうじゃない。
 
私にはやはり歌があります。音楽があります。
この想いをメロディーに乗せて、歌声に託して、
祖父のいる世界へとちゃんと届いていると・・・信じています。
 
そして祖父だけじゃない。
 
私には支えてくださるファンのみなさんが居て、仲間が居て、家族が居る。
 
そして健康であること。それはとても幸せだということ。
 
忘れてはならないこの想いを抱いて、
たとえ小さく儚くとも、私は輝くように生きていきたい。
 


厳しい時代を生き抜いた祖父。
子供3人、孫8人、ひ孫3人(更に来年2人生まれるよ)に恵まれ
最期は愛に満ち溢れた人生だったのではないかと思います。
 
10月帰省の時に、一眼で撮った祖父の最後の写真です。
 
甥っ子たちとの記念写真。私の宝物です。
 
 
じいちゃん、愛をありがとう。
 
 
記子

投稿者: 藤本 記子 日時: 2008年11月22日 00:27 | ブログの本文へ